logo


asicro interview 91

更新日:2025.12.15

ネリシア・ロウ監督

子どもの頃からの夢を実現したネリシア・ロウ監督
誰が誰の手を握るか、
というのはとても重要
ー ネリシア・ロウ(劉慧伶)

 12月5日より絶賛公開中の『ピアス 刺心』は、仮出所した犯罪者の兄に対する弟の愛情と疑惑を描くヒューマンサスペンス。主人公の心の葛藤と並行して、シングルマザーでクラブ歌手でもある母親の再婚話やフェンシング仲間との純粋な恋模様も描かれ、兄弟関係の修復から崩壊、さらにその先へと至る姿が重奏的に進行していきます。監督&脚本はシンガポール出身の新鋭ネリシア・ロウ(劉慧伶)。台湾で実際に起こった事件をモチーフに、自身の自閉症の兄への感情も重ね合わせ、兄への愛を問う鮮烈な長編デビュー作となりました。

 日本公開に先立つ11月初旬に、そのネリシア・ロウ監督が来日。かつてフェンシングの国家代表にも選ばれた実力を持つ監督。2006年に引退後、ニューヨークで映画を学んでいます。2020年には「次世代の巨匠」になる可能性を秘めたアジアの才能を育てる「タレンツ・トーキョー」にも参加。今年の「タレンツ・トーキョー」プレイベントに修了生として出席し、『ピアス 刺心』が先行上映されました。アジクロでは、そのネリシア・ロウ監督に単独インタビューをさせていただきましたので、公開と合わせてご紹介します。

Q:『ピアス 刺心』というタイトルは先に決まっていたのですか? それとも撮影が終わってからでしょうか?

 監督「脚本作りに5年間かかりました。4年目に政府の助成金を得るため映画のピッチング(短時間のプレゼンテーション)をしたのですが、その時にタイトルが必要になり思いついたタイトルです。なので、物語が先で、タイトルが後です。もともとは中国語のタイトル『刺心切骨』で「心を刺して骨を切る」という意味です。これは「苦しい愛」を表す熟語。フェンシングのイメージもありますが、兄が自分のことをどう思っているかという心の痛みがストーリーにあるので、このタイトルにしました。

 先に中国語タイトルが決まり、英語はどうしようということになりました。私はシンガポール出身なので主な言語は英語です。『Crouching Tiger, Hidden Dragon』(アン・リー監督の『臥虎蔵龍』=邦題『グリーン・デスティニー』)というエキゾチックなタイトルがありますが、本作の場合『Stab Heart, Slash Bone』(中国語タイトルの英語直訳)だとエキゾチックではあるけど、内容とはちょっと違うなあと思い『Pierce』だけにしました。とてもモダンなタイトルになったと思います」

Q:日本のタイトルは『ピアス 刺心』なので、観客には内容がわかりやすいと思います。(監督も納得)元はフェンシングの国家代表でしたが、そのキャリアを捨て映画監督になられました。もともと、映画がお好きだったのですか?

 監督「実は6、7歳頃から映画監督になりたいと思っていました。天国からこれをやりなさいと言われてるような、不思議な感覚がありました。子どもの頃はいつも『スター・ウォーズ』や『ロード・オブ・ザ・リング』『ポカホンタス』などを観ていたので、後にフェンシングをやることになったのも実は『スター・ウォーズ』の影響なんです。(ライトセーバーに憧れていた)だから、映画がもともと好きで、フェンシングはラッキーなアクシデントみたいなものですね」

  それでは、将来アクション映画も撮れそうですね。

 監督「いつも冗談で言ってます。もし私が『スター・ウォーズ』を撮ったら、剣闘シーンだけになっちゃうと。ストーリーはなくてライトセーバーだけ(笑)」

Q:主演の2人にとってフェンシングは初めてですよね? かなり練習したのでしょうか?

 監督「そうなんです! 私にはキャリアがあるので、実は監督するのが難しいのです。どんな小さなミスも見逃さないので。撮影の遅れもあり、彼らは8ヶ月間練習しました。弟のボーイフレンドを演じた俳優(ローゼン・ムー)は後から代役で入りました。彼だけ数週間しか練習できなかったのですが、実は一番上手でした。兄役のヨウニンは大丈夫かなと、ちょっと心配していました(笑)。マスクをつけるからスタントでもよかったのですが、それはしたくなかった。やはり役のキャラクターに入り込むために、本人にやって欲しかったのです。スポーツ映画ではないので大丈夫だろうと思いましたが、なんと撮影の時だけ、彼は急に上手くなりました。それはよかったです。

m1

ジージエはジーハンにフェンシングの奥義を教えてもらう

©2Potocol_Flash Forward Entertainment_Harine Films_Elysiüm Ciné

 ただ、全体の中で1秒だけスタントが入っているシーンがあります。兄弟のどちらか秘密ですが、昔のフェンシングのチームメイトに「わかる?」と訊いてみると「あのシーンだね」と当てられました。「なぜ、そこだけ使ったか理由もわかる」と。それは私のフェンシング時代の代表的な動きだったんです。自分では意識していなかったのですが、自分の代表的な動きだけは完璧にこなして欲しかったんでしょうね。そこだけ、知らないうちにスタントを使っていました(笑)」

  やはりプライドが…

 監督「そうです(笑)。俳優さんも上手かったけど、やはりスタントマンの方が上手でした。フェンシングは下半身をよく使うので、俳優さんたちもどんどん下半身が逞しくなっていきました」

Q:兄役のツァオ・ヨウニンも野球選手でしたから、スポーツマンとしてはフェンシングもうまくやりたいというプライドがあったのではないでしょうか。

 監督「そう思います。彼は野球やいろいろなスポーツもやっていたので、フェンシングなんて簡単だと思っていたようです。でも、やってみたら難しかった。私もそうですが、シンガポールのチームやフェンサーはバレエや社交ダンスをやっていた人が多いのです。フェンシングはダンスに似ていて、頭も使いますがリズムが大切。リズムを知って自分の体をコントロールすることが必要なので、ダンスのできる人がいいのです。弟役のシウフーに「ダンスできる?」と聞いたら「クラスで取ったことがあるし、全然OK」と。彼は大丈夫でした。かなり上手くやっていました。兄役のヨウニンは「ダンスなんて絶対無理!」と言っていたので、難しかったのだと思います(笑)」(次頁へ)


P1 > P2 ▲監督インタビュー ▼12.14 来日舞台挨拶 ▼作品紹介 

▼back numbers
profile
ネリシア・ロウ
劉慧伶/Nelicia Low


シンガポールで生まれ育ち、シンガポールのフェンシング国家代表として5年間活躍する。2010年の広州アジア競技大会を最後に現役を引退し、子どもの頃からの夢だった映画作りの道へ進む。

2018年、ニューヨークのコロンビア大学で映画監督専攻のMFA(芸術学修士)を取得。短編2作目の『Freeze』は、2016年のクレルモン=フェラン国際短編映画祭でプレミアされ、その後、金馬奨(台湾)、釜山国際短編映画祭(韓国)、ブリュッセル国際短編映画祭(ベルギー)、オーデンセ国際映画祭(デンマーク)、シンガポール国際映画祭をはじめ世界70以上の映画祭で上映された。

これまでに、シンガポール国際映画祭による東南アジアの若手映画作家を支援するプロジェクト「New Waves: Emerging Voices of Southeast Asia director showcase」(2017年) と「Southeast Asian Film Lab」(2018年) に選出され、2019年にはフランスを拠点とする国際的な映画脚本育成プロジェクト「Less is More」に参加。
filmography
・freak(14)*短編
・Freeze(16)*短編
ピアス 刺心(24)
*公式サイト
nelicialow.com
director’s note
2014年、私は台北で短編映画の撮影をしていました。そのとき、一人の若者が台北の地下鉄で複数の人を刺すという、社会を震撼させる悲劇(台北地下鉄通り魔事件)が起きました。その若者の両親は公に息子を非難しましたが、弟だけは兄のそばに立ち続け、兄の行為を完全に否認しました。弟のその反応を見て、私は自分の自閉症の兄との関係を思い返さずにはいられませんでした。

幼いころ、兄の状態を理解できなかった私は、心の中で兄を愛情深く思いやりのある理想の兄として描いていました。しかし大人になって初めて、私たちの関係は私の頭の中で作り上げた幻想にすぎなかったことに気づきました。この気づきが、私に『ピアス 刺心』を書くきっかけを与えてくれました。

私は兄を深く愛しています。しかし、兄が同じように私を思っているかどうかを知ることは、決してできません。それを受け入れることは痛みを伴う旅でしたが、『ピアス 刺心』の中でジージエが歩む道もまさに同じです。 映画の中でも、現実の生活でも、私が自問する問いは変わりません――真実を知ったとき、人の愛情や忠誠心はどのように揺らぐのでしょうか。そして、真実は本当に重要なのでしょうか。