●『カンフーハッスル』と字幕の仕事
M「レズビアン&ゲイ映画祭の時は小さな字幕製作会社だったのですが、手取り足取り教えてくれて、ほんとうに有り難かったです。その後で、山形ドキュメンタリー映画祭の字幕を、そこからやらせてもらったりもしました。なので、ラジオの仕事が終わった後に、今までやっていたことが全部まとまって、字幕の仕事ができるようになったんです。」
では、最近は字幕のお仕事が多いのですか? 話題作『カンフーハッスル』もやられていますよね?
M「最近はものすごく多いです。ほとんどはDVDで、劇場公開は『カンフーハッスル』くらいですけど。DVDは『1:99電影行動』(*12)もやりましたね。私が日本語で字幕を付けました。それができたのも収穫だったし、私も字幕に対してキャリアと自信がついてきて、楽しくやらせてもらっているんです。
そうしたらまた、友人の紹介の紹介で、いきなりソニー(ピクチャーズ)から電話があり『カンフーハッスル』の広東語をやってくれないかと。ソニーだから元は英語なんですよ。英語から翻訳しているんです。『だけど、香港映画らしさとチャウ・シンチーらしさが、それでは多分出ないと思うから』と言われて。『ソニーさんのお仕事はパンフレットは書いたことがあるけれど、字幕は一度もないので、いいんですか?』って聞いたら、相手の方が太っ腹で『大丈夫。私の眼に狂いはない』って感じで(笑)。『そういうことで感が狂ったことはないの。だからお任せします』とまで言われたので『どうもありがとうございます…』って、やらせてもらったんです。なんでいきなり、あんな大作の話題作が…ねえ?」(*13)
それは納得です。あの作品はローカルな部分が重要なので、そういう所がわかっている方でないと、できないと思いますよ。
M「それでも特にハリウッド経由だと、放送コードがものすごく厳しいので、もうぜんぜんなんですよ。もっとべらんめえでやったんですけど、だいぶ直してしまった。あれでも、ずいぶんソフトになっているんです。実際はもっと激しいんですけど、アメリカ経由だからしょうがないんですね。後でテレビ放映することを考えたら、放送コードは慎重にしなきゃいけないというのがあって。
でも、あれができたのはとてもうれしかったです。東京国際映画祭で観たんですが、すぐにチケットが売切れたくらいだから、観に来た人たちが皆香港映画ファンでしょ。だから、10年前の香港の映画館みたいだった。もう、すごい盛りあがり。拍手だの、口笛だの。皆笑ってくれたし、涙が出そうだった。でもその頃、チャウ・シンチーは六本木ヒルズでイベントに出ていたんで、この会場(オーチャードホール)の反応を見ていないんですよね。見せたかったなあ。感動して泣いてるお客さんもいましたよ。あの人の今までの全てを集めたような映画だったので。
私が広東語で監修したのが活かされているのは、どちらかというと日本語の吹替版の方なんです。というのは、香港映画の場合、吹替版の方が少なくとも3割は情報量が多いんです。早口でしゃべるから。なので、そっちにかなり活かされているはずです。ソニーの方は、吹替版はかなり面白いと言ってました。誰がやっているのか知らないし、試写も観てないんですけど。両方観るのがオススメですね。最初、広東語で観てから、吹替版で『こうだったのか』と耳で聞いてわかる、そういう部分がすごくいっぱい補われると思いますよ。」
『カンフーハッスル』はチャウ・シンチーが活躍する場面がちょっと少ないので、序章という感じで『2』ができそうな感じですね。(*14)
M「だといいですね。チャウ・シンチーに取材した時に言ったんですよ。あなたの今の映画製作のサイクルだと、オリンピックみたいで、ファンのテンションが持たないって。『いろいろこだわるので難しいんですよ』って言ってましたけどね。」
『カンフーハッスル』の字幕をやられた時の苦労話はありますか?
M「苦労話じゃないですけど、最初に素材が来た時は、まだ効果音が入っていなくて、セリフだけだったんです。でも、音が入ってなくてもな〜んて面白い映画だろう!と思いましたね。難しいっていうと…文化の違い? 子どもにオシッコをひっかけるような所とかは、日本では『え?』って思うところじゃないですか。その文化の違いを、生理的な拒否反応を受けないような字幕にするっていうのが大変だったのと、ヤクザ言葉というのが難しいんですよね。ヤクザ言葉もあれば、下町の言葉もあれば、それにどうやって変化をつけるか、人によって変えるかっていう…登場人物がすごく多いので。
人によってキャラ分けというのがあって、この人はこういう風にしゃべるとか色をつけていかなくちゃならない。しかも、元は英語から訳されたものなので、それに広東語のニュアンスを加えるのはけっこうしんどかったですね。場所によっては字幕の4倍ほどしゃべっているので、それを全部皆さんに見てもらったら、もっとぜんぜん話がよくわかるんですけど。ほんとに細かいとこが凝ってるから。
だから、DVD(香港版)が出た時には、停めながらでも字幕(*15)を見てください。ものすごく小道具にも凝っているので、ストップモーションで見ても充分に楽しめます。特にアパートのセットにいたってはやり過ぎ。パッとしか映らないけど、どんな店が並んでるとか、全部意味があるんですね。それを見て、チャウ・シンチーはすごいなと思った。音楽とかも。もう一度、チャウ・シンチーの映画を、少なくともリー・リクチー(李力持)と共同監督を始めた所あたりから、見直してみようかなと思いましたね。」
では最後に、2005年の抱負をお聞かせください。
M「字幕の仕事は好きだし、やっと辛くない域に到達したのでこれからも続けていきたいです。この仕事なら、コンピュータとビデオデッキがあれば、どこでもできますし。それと運動をしたい。部屋に隠っていることが多いので、エコノミー症候群になりそうで(笑)。後は流れに身を任せてチャレンジです。今までそうだったように、ちょっと難しいことをやって、成長していきたいと思います。」
(2004年12月24日 銀座のカフェにて)
女性らしさの中に、ミシェール・ヨーのような凛とした美しさと強さを秘める水田さん。実際にお会いしてみると、とっても気さくで楽しいおしゃべりが止まりません。そして、何事も前向きに受けとめるポジティブな姿勢とチャレンジ精神が、お仕事の幅を広げるチャンスにつながっているようです。『カンフーハッスル』吹替版も観たくなってしまいました。
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