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asicro interview 58

更新日:2014.8.7

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Q:エンディングも素晴らしいですが、こういう結末はインドの観客にも受け入れられたでしょうか?

 監督「そう思いますね。映画はインドでもヒットしましたが、それはハッピーエンディングだったからだと想像しています。まあ、中には通りで会った人から、どうなったか気になると言われることもありましたが(笑)。

 それは僕にとって、素晴らしいことです。皆、家に帰っても映画のことをあれこれと考えてくれてる。映画に入り込む余地があるわけです。このエンディングには、そういういい意味での空間がある。それは人々の人生や体験によって違ってきます。そういう空間を意識して作りました。皆さんが自由に解釈する余地がある。私はとてもいいエンディングだと思っています」

 映画で語られる「人は間違った電車でも正しい場所に着く」は、まさに含蓄のある、希望に満ちたメッセージを伝えてくれています。

●キャスティングについて

Q:女優のニムラト・カウルさんはオーディションで選ばれたそうですが、決め手となったのはどういうところですか?

 監督「イラ役のキャスティングはとても難航しました。同じ年齢層の女優たちとたくさん会いました。ボンベイで彼女の演劇を観たのですが、とても繊細な演技をしていた。舞台では大きな演技が向いていますが、彼女は細かい演技ができるのです。

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(c)AKFPL, France Cinema, ASAP Films, Dar Motion Pictures,
NFDC, Rohfilm-2013

 イラはアパートで一人で過ごしている時間がとても長いので、イラ役には観客が彼女と一緒に過ごしたくなるような要素が必要でした。この主人公のふたりのキャラクターは、檻に囚われているような状態なのですが、それが被害者だと、観客にとって、彼らをずっと見守るのはしんどいですよね。

 イラは檻に囚われてはいるけど、被害者ではありません。だからこそ、最後にイラが自分の進む道を決めて、歩き始めることに信憑性が出て来るのです。彼女にはそれを演じる力があったし、ほんとうに些細なことでたくさんのことを表現できる女優です。そこが決め手となりました」

Q:イルファーン・カーンさんは脚本の段階から想定しておられたそうですが、製作にも関わっておられます。実年齢よりも上の役柄だと思いますが、この役を引き受けていただいた時の感想はいかがでしたか?

 監督「彼を想定して脚本を書いていたので、正直なところ、もし引き受けてもらえなかったら、書き直さなくてはとまで思っていました。引き受けていただいた時はとてもワクワクしましたが、同時に大きな責任も感じました。イルファーンさんが自分を信頼してくれたというストレスもありました。また、彼が参加することが決まった時点で、この企画が成立した、映画が作れると思いました。彼が参加してくれることで、出資面でも保障されたのです。それだけ大きな存在でした」

Q:イルファーンさんはこのサージャン役についてどう言っておられましたか?

 監督「最初に脚本を読んだ時から、彼はとても気に入ってくれていました。子どもの頃に一緒に住んでいた叔父を思い出すと言っていました。役について彼といろいろ話をしている時、その叔父さんが着ていたシャツのことやよく使っていた鞄の話などが出て来たので、それらを脚本に反映させました。役作りのディテールに関しては、実はイルファーンさんにたくさんアドバイスを受けています」

Q:イルファーンさんのサージャンですが、どうしてサージャンという名前にしたのですか?

 監督「サージャンの出身は私と同じバンドラで、カトリックが多い地域です。サージャンの世代は、私の父と同じくらいの世代で、デレクやジョンなど英語名を付けることが多いのですが、父の世代くらいまでは、わざとヒンドゥー名を付けていました。それで、ちょっと変わったヒンドゥー名にしてみようと思い、サージャン・フェルナンデスにしました」

Q:劇中で出て来る『サージャン 愛しい人』の歌を使いたかったからじゃないんですね?

 監督「それは後付けです。あの歌は90年代の有名なボリウッド・ソングですが、脚本を書いた後で思いつきました。いろんな名前を考えて出て来たのがサージャン・フェルナンデスで、たまたま、あの映画とぴったりだったのです」

s3 堅物のサージャンは陽気なシャイクと次第に打ち溶けていく。

(c)AKFPL, France Cinema, ASAP Films, Dar Motion Pictures, NFDC, Rohfilm-2013

Q:ナワーズッディーン・シッディーキーさんをシャイクに起用された理由は? イルファーン・カーンさんと共演した『バイパス』をご覧になっていたからですか?

 監督「その映画は観ていないのですが、共演のことは後で聞きました。ナワーズッディーンさんは『ピープリー・ライブ』(『ピープリー村(生中継)』という2010年のコメディ映画)を見て、最適だと思ったのです。コメディ俳優として有名なわけではありませんが、ユーモラスな役も絶対できると確信していました。また、ユーモラスなだけではなく、せつなさや深さも表現して欲しいし、見てみたかった。彼ならできると思いました。実はシャイクもアテ書きなんです。サージャンは逆に寡黙で、セリフもほとんどない。だからイルファーンさんに演じてもらったわけで、サージャンも、シャイクも、彼らでなければ表現できなかったと思いますね」

Q:シャイクは電車の中で野菜をカットしていますが、実際にこういう人はいるのですか?

 監督「ボンベイでは通勤時間が長く、1時間半や2時間かかる人もいるので、時間を節約するために電車の中で野菜を切り、家に帰ってから料理をする女性がたくさんいます。何度も見たことがあります。ただ、シャイクが面白いのは、妻が料理下手だから彼が料理をするという設定なんですが、実はそれほど料理が上手じゃないということ。逆にイラはとても料理上手。サージャンの人生に、たまたま同時にふたりの料理に関わるキャラクターが現れる、というのも面白いと思って書きました」

●インド映画について

Q:今、日本では新たなインド映画ブームなのですが、監督の映画は海外のスタッフを使っていて、インドを描いていながら外国映画のような雰囲気があり、いわゆるボリウッド映画とは違っています。監督から見たインド映画とはどのようなものなのでしょう?

 監督「香港やLA(ハリウッド)のように、ボリウッドは世界でも巨大な産業ですが、事情の異なる商業的なプレッシャーがあります。インドでは、歌やダンスをたくさんフィーチャーすることで、楽曲からかなりの収入を得ているのです。人口がとても多いインドでは、楽曲がヒットすると、ラジオ、テレビ、CDやカセットと、様々な形で収入が増えます。だから、楽曲がない映画は、収入を失うことになる。映画の中で楽曲が使われているのは、経済的な理由からなのです。映画の中には、楽曲が有機的に物語と一体化している作品もありますが、たいていは、あまり有機的とは言えない作品が多いですね。今回、共同製作にしたのは、そういった音楽などのプレッシャーを受けたくなかったからなのです。

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今後の作品も楽しみなリテーシュ・バトラ監督
 そもそも自分には、歌や踊りがたくさんフィーチャーされた映画は作れないでしょう。物語を進めるために、歌や踊りを効果的に使うという才能がないんです。自分に向いている映画作りは、キャラクターに忠実に作ること。つまり『めぐり逢わせのお弁当』のような映画で、これからもそういう映画を作っていくでしょう。

 インド映画とは何か?というのは、とても興味深い質問です。おそらくそれは、誰が作っても、インド的な人物像、インドの持つ葛藤、インドならではの地域的な特徴が描かれている作品が、インド映画になるのではないでしょうか。もう1つ言えるのは、その土地特有のものを描くことで、普遍的な映画が作れるということ。それはまさに『めぐり逢わせのお弁当』を作って感じたことです。しかし、将来何に興味を持つかはわかりませんが」

 なるほど! となると、最近の作品でいえば、共にアカデミー賞を受賞し、イルファーン・カーンが出演している、イギリスのダニー・ボイル監督が作った『スラムドッグ$ミリオネア』や、台湾のアン・リー監督が作った『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』もインド映画と言えるのかもしれません。プレス資料のインタビューによれば、リテーシュ・バトラ監督はインド以外を舞台にした映画も作りたいと語っています。こだわりは、その土地に根ざした特有の普遍的な物語。インド映画をグローバルな視点で描くリテーシュ・バトラ監督の、今後の作品が楽しみです。

(2014年7月30日 ペニンシュラ東京にて松岡環さんと合同取材)


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profile
リテーシュ・バトラ
/Ritesh Batra


1979年、ムンバイのバンドラ地区生まれ。アイオワ州ドレイク大で経済学を学び、3年間コンサルタントとして働く。その後、仕事を辞めて短編映画を作り、ニューヨーク大学の映画学校に入学。さらにサンダンス・インスティテュートに編入し、ロバート・レッドフォードの指導を受ける。

08年に短編『朝の儀式』を発表。09年に長編映画『ラームの物語』の脚本でサンダンス映画祭のフェローに選ばれる。続く2本の短編、『ガリーブ・ナワーズのタクシー』(10)と『カイロの普通のカフェにて』(11)で数々の賞を受賞し、注目を浴びる。

長編デビュー作となった『めぐり逢わせのお弁当』は、13年のカンヌ国際映画祭批評家週間で初上映され観客賞を受賞。現在は新作『写真(Photograph)』や数々の短編に取り組んでいる。ムンバイとニューヨークを拠点に活動中。妻はメキシコ人。現在22ヶ月の娘がいる。
filmography
短編作品
・The Morning Ritual(08)
・Gareeb Nawaz's Taxi(10)
Cafe Regular, Cairo(11)
The Masterchef(13)
 Sundance.org

長編作品
・The Story of Ram(09)
 *脚本のみ
めぐり逢わせのお弁当(13)
・Photograph(14)
 *製作中
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